弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

空を摑んで

先日、母方の祖母が亡くなった。享年九十二歳の大往生であった。私は祖母の臨終に立ち会うことは出来なかったが、亡くなる前日から、祖母は目を閉じたまま、しきりに空を摑もうとしていたらしい。食事もほとんど摂らず、寝たきりとなっていた祖母が、何度も…

平家にあらずんば

歴史的観点から今の世相を照らし合わせてみれば、実に学ぶべきところが多い。時に、歴史をやっていることなど今を生きる事に何の意味も成さないとか、現実と未来しか見る必要はないと思っている人からは、馬鹿にされることもあるが、温故知新とは真実なので…

夏越の祓

梅雨只中。六月晦日を迎えた。今日は半年が終わる小晦日であり、夏越の祓が各地で行われる。夏越の祓は、上半期の穢れを落とし、下半期の無病息災を願う神事で、夏越の大祓とも呼ばれる。一部の神社では、茅の輪くぐりをして、夏越の祓に参加できる。茅の輪…

仙洞御所

天皇陛下が御退位される日が確実に近づいている。象徴天皇として何よりも国民のために、出来得る限りのお勤めを果たされてきた両陛下には、ただただ感謝のみで、早くゆっくりとお休みいただきたいが、やはり平成が終わるのはさみしい。本当は退位ではなくて…

なおすけの平成古寺巡礼 榛名山

四月の末、坂東三十三観音巡礼で群馬県にある二箇寺へお参りした。十五番白岩観音と十六番水澤観音である。坂東巡礼記は満願の暁に記すつもりだが、巡礼のついでに寄り道した土地や寺社については、ここで書いてみたいと思う。群馬県は関東でも特に広々とし…

スラヴ叙事詩

私は学生時代に吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。その時に、チャイコフスキーのスラヴ行進曲を演奏したことがある。不気味な低音からやんわりと始まり、何とも暗く重苦しい主旋律を奏でる。あのメロディは一度聴いたら忘れ得ず、私の頭の中を終始駆けめ…

馬蝗絆と稲葉天目

東博で茶の湯展が開かれている。展覧会は、日本の茶道を一通り網羅する大規模なもので、これほどの規模で開催されるのは、三十七年ぶりという。さっそく私も拝見してきたが、陳列の多さに圧倒され、いささか満腹気味。終わる頃には疲れ果ててしまった。こう…

先日、近代美術館で楽茶碗の展覧会を観た。初代長次郎から当代吉左衛門に至るまで、これでもかという名品が顔を揃える。ここまで一同に会するのは、当代曰く、自分の生前はもう無いだろうとのこと。はたして、楽家代々の茶碗が並ぶと壮観であった。同時に、…

日本仏教見聞録 護国寺

かつて私は護国寺の近くに住み、境内や門前をよく歩いた。若い頃、正月にテキ屋のアルバイトをしたこともある。不老門の石段下で、初詣客を相手に、おみくじやジャガバター、焼きそばなどを売ったりした。大晦日の朝から準備をして、翌元日の日暮れまで一睡…

世界は何処へ向かうのか

3月にロンドンで起きた暴走車によるテロで、轢かれたあげくに、ウエストミンスター橋からテムズ川に転落した女性が、先日亡くなった。半月ほどは、生命維持装置により延命していたが、恋人や家族の意思で、装置は取り払われた。遺族の遣る瀬無い想いや如何…

桜守

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 桜の頃、私はいつも業平のこの歌を口遊む。暑さが苦手な私は、春夏よりも秋冬を好む。梅が散って冬が終わり、花の便りが届きはじめると、若干鬱々としてくる。春空の下、私は己が雲路の中を彷徨う。でも…

日本仏教見聞録 浅草寺

浅草はなぜあれほどの人を惹きつけるのか。浅草に日本を、あるいは江戸の名残を求めてか。浅草の観音さまは、そこへ来る人々を千三百年もの昔から迎えている。年間の参詣客三千万人超え。日本でこれだけ人を集める寺はない。東京最古にして最大の寺。寺院に…

なおすけの平成古寺巡礼 豪徳寺

平成があと二年ばかりで終わるかもしれない。こうしてはいられない。何か平成日本を生きた証を残したい。昭和の終わりに生まれて、思春期、青春期、そして壮年期に入った今、人生のほとんどを平成という時代と共に歩いてきた。私が平成時代三十年を生きた証…

遠き道程

東日本大震災から六年が過ぎた。まことにあっというまの六年。あの日の記憶は、私たちの脳裏に依然として生々しい。ほんのわずかばかり復興はしているが、それでも、震災前に比べたら、いかにも道半ばである。ことに、原発事故の避難地域は、完全に廃墟にな…

教育勅語

慶応三年(1868)十二月九日、王政復古の大号令が発せられた。翌慶応四年三月十四日に、明治天皇は、五箇条の御誓文を立てられて、新しい時代を率いる覚悟を示された。ほどなく明治となり、政府は、この国が長らく培ってきたものを悉く廃して、矢継ぎ早に、…

日本仏教見聞録 寛永寺

私は家でよく香を焚く。香煙をくゆらせると、穏やかな気持ちになれるし、書くことや読むことにも集中できる。伽羅や沈香が好みであるが、高価なのでなかなか手が出せない。そんな時に見つけたのが、「東叡香」という寛永寺の香である。箱のデザインからして…

建国之日ヲオモウ

今日は建国記念日である。現代の日本人にとっては、あまり意識しない建国の日。アメリカの独立記念日などに比べたら、神代の頃からの伝説を元に定められたという曖昧なところが、また関心が薄い一因でもあろうか。しかし、戦前までは、紀元節と呼ばれ、盛大…

掛け違いから得たもの

先日、職場で得難い体験をした。私は、自分の業務上、十分に理解していたことを、失敗したくないがために、念のための確認のために、上司にお伺いを立てた。すると、上司は、私と目もあわせずに、「はいそうですね。」とだけ答え、黙々と自分の仕事をしてい…

日本仏教見聞録 高尾山

平成二十八年大晦日。日本仏教本山を訪ねる旅を、この晩夏より始めた私とT君が、この年最後に訪れたのは高尾山である。私は高尾山に登るのは二度目である。いつもハイカーや、行楽客で混雑している人気の山だが、近頃は外国人登山客が急増している。この日…

日本仏教見聞録 増上寺

私は二十数年東京に住み、私なりに大好きな江戸時代と徳川家を覗き見てきた。そんなワケで、今まで増上寺には数え切れぬほど来ている。東京にいる限りは、毎年暮れに増上寺へ参詣し、初詣は上野の寛永寺と決めている。徳川に心酔している私にとって、この二…

箱根駅伝賛歌

毎年、年明け一番のお楽しみは、箱根駅伝である。百年近い歴史を刻んできた、この日本一有名な駅伝競走は、毎年いくつものドラマティックな展開があり、約六時間の長丁場、片時も目を離せない。私は普段からあまりテレビを見ないが、箱根駅伝だけは、往復全…

泰然自若

私の座右の銘。長年探してきたが、この歳になり、この度ようやく感得した。泰然自若。この言葉が、私には最もしっくり来る。そこにはいつもこう在りたいと、切なる願いも込められている。 世の中まことに忙しない。私もいつも忙しない。仕事、家族、人間関係…

日本仏教見聞録  中山法華経寺

身延山へお詣りして、日蓮聖人と日蓮宗に関心を抱いた私とT君は、千葉県市川市にある中山法華経寺へ向かった。京成線の中山駅で降りるとすぐに表参道に入る。静かな門前町を抜けると「正中山」と山号を掲げる立派な山門が現れる。山門の左脇には、例によっ…

元禄レクイエム

私が歴史に興味を持つことになったきっかけのひとつが、元禄赤穂事件である。浅野内匠頭が、吉良上野介にどのような遺恨があって刃傷に及んだのか、真相は闇の中であるが、この事件は三百十四年を経た今日でも様々な説が飛び交い、日本人の心を捉えて離さな…

悪魔のトリル

晩秋の夜、紀尾井ホールに再び三浦文彰君のヴァイオリンを聴きに行く。プログラムはクライスラー、ドヴォルザーク、真田丸の組曲、ラヴェル、サラサーテなど至福の二時間であった。此度は、ソロリサイタルで伴奏はピアノのみ。じっくりと彼のヴァイオリンを…

日本仏教見聞録 身延山

秋深まりし十月下旬、T君の運転で身延山に向かった。東京から西へ向かう中央道は、私が好きな道のひとつ。日本の屋根に向かってぐんぐん進む。迫る山並みは私好みの旅情に駆られる。「中央フリーウェイ」の歌詞そのままに、調布飛行場、府中競馬場、ビール…

面授これもまた一会と心得よ

この秋から私は茶の湯の稽古を始めた。六十ならぬ四十の手習いである。これは大きな決断であった。長年、井伊直弼をはじめとした大名茶人と茶道に強い関心を寄せてきたので、歴史探訪をする折や文章を書くときは付かず離れずであったが、自分が稽古をすると…

THE WEST WING

いよいよアメリカ大統領選挙の日がやってくる。オリンピックイヤーは私にとって、このアメリカ大統領選挙もまた、とても関心を抱くニュースなのだが、今年ほどいろいろな意味に於いて不思議な大統領選挙もかつてなかった。まさに泥仕合の様相を呈しており、…

輩考

日本シリーズは日ハムが四連勝して十年ぶりの日本一になった。今年のプロ野球は例年以上に面白かった。各球団大物ルーキーがいて、若手の躍進もあり見応えがあった。ことに大谷翔平選手は輝いていた。今年彼は、一段も二段も三段も大きく飛躍したと思う。こ…

日本仏教見聞録 總持寺

これまで日本各地の寺を訪ねてきた。私は初めて訪れる土地に行く前は、仕事であっても、遊びであっても、必ずその土地の地図を見る癖がある。土地の歴史や史跡、寺社を調べて、時間が許せばちょっと訪ねてみようと地図を広げる。思えば私は地図を見ることは…

文学VS音楽

今年のノーベル文学賞にボブディランが選ばれた。正直驚いたが、ノーベル委員会もなかなか粋なことをするなとも思う。文学賞は世界中に数多くあるが、ノーベル文学賞はもともと少し異色な気がする。そして今回のボブディランの受賞。さもありなん、世界的権…

沙汰の限り

言語道断。呆れ返っている。豊洲市場の問題だ。よくもまあ、ここまでいい加減にやってきたものだ。東京都は財政も黒字で、日本の中にあって違う世界に映る。何もかも一人勝ちの独り歩き。だが、勝って、勝って、勝ちまくっても、東京は兜の緒を締めなかった…

日本仏教見聞録 川崎大師

仏教が誕生して二千有余年。あと数十年すると日本へ仏教が伝来して千五百年を迎える。日本人は仏教から多くのモノを得てきた。信仰、経典、美術、音楽、文学。四方の海に囲まれた敷島に、仏教は大陸の文化を運んできた風であった。その風は時に嵐の如く荒々…

赤坂離宮

残暑の中この連休は元赤坂の赤坂離宮に行ってきた。思えば中学一年の終わり頃、始めてこの場所を訪れた。二月の寒い夜、正門前に立って、日本にもこんな素晴らしい宮殿があるのかと驚き、心惹かれてから二十七年。ようやく積年の想いが叶って、その内部へ足…

天賦の奏に解かされて

今日は早くも重陽。残暑厳しい日が続いているが、夜もすがら虫たちの涼やかな合奏を聴いていると、近くに秋を感じてうれしく思う。この夏、紀尾井ホールで三浦文彰君のヴァイオリンを聴いた。若くして溢れる才能を滾らせた、実に堂々たる彼のヴァイオリンを…

観音の里

近江にはずっと強い憧憬がある。歴史に想いを馳せるとき、私の心はいつも近江に向かう。古代より近江を制する者が天下人となった。近江宮を造った天智天皇も、それを廃都に追い込んだ弟の天武天皇も転機は近江の地であった。信長や秀吉は近江から天下取りの…

ターニングポイント

未来の人々に、平成という時代はどんなふうな印象を与えるのだろう。今私達の生きる平成時代は、ITから派生した第三、第四の産業革命があり、世界大戦ではないが方々で終わりなき小競り合いを繰り返し、ある程度まで国家が成熟すると環境とか個々の精神とか…

ばあちゃんの玉音放送

時の流れは早い。だが時間はいつの世も誰にでも平等であるはずで、早いか遅いかを感じるのは時代、年令、環境などで大きく変わることは間違いないだろう。戦時中は特に時間が長かったのではあるまいか。私は戦争を知らぬ世代であるがそんな気がしてならない…

生き存えるということ

熊本地震から四ヶ月。ようやく最後の行方不明者の学生さんが帰ってきた。この四ヶ月間のご家族のことを考えると如何許りかと言葉もない。時は止まったまま、色も匂いも味もない世界ではなかったか。御冥福を祈り合掌。 五輪や甲子園に沸きかえる夏。一方で日…

心の虫干し

立秋が過ぎた。連日五輪観戦で寝不足だが、さっそく競泳の王者の凄みのあるレースや体操男子団体の執念を目の当たりにして、心から感動する。感動することは人間の感情の筆頭とも言えるであろうか。感動すること、すなわち心を揺さぶられるという経験は、実…