弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

ほとけのみち 遊行寺

これまで、「日本仏教見聞録」という大層なタイトルでやってきたが、私は異邦人ではないので、今回から「ほとけのみち」と改題した。本山と呼ばれる巨刹を訪ねて、日本仏教の歴史を紐解きながら、今を生きる日本人について、日本仏教、日本の仏道の在り方に…

なおすけの平成古寺巡礼 赤山禅院

京都が好きで年に数度は訪れる。寺社へ参詣し、興味の尽きぬ千年の都の風雅を存分に楽しんでいる。帰りはいつも去りがたく、寂しい気持ちになる。いつかあの街に暮らせる日を、夢見つつ過ごす日々だ。好みの寺社は数多あるが、ここ数年は比叡山直下の修学院…

青春譜〜課題曲と自由曲〜

全日本吹奏楽コンクールは、毎年十月に開催される。全日本を目指す団体は、概ね二度の予選を通過せねばならない。第一関門の都道府県予選は、ちょうど夏の甲子園の頃に始まり、勝ち抜くと、夏休み明けまもない九月に支部予選がある。支部は北海道、東北、東…

通りゃんせ

通りゃんせは、江戸時代から伝承のわらべ唄である。幼い頃はこの歌が嫌いであった。その頃テレビで、「この子の七つのお祝いに」という映画をみた。当時はよくわからない内容だったが、とても暗くて重苦しい映画であった。その映画で、通りゃんせの歌が流れ…

熊谷守一はいずこ

公開中の映画「モリのいる場所」を観た。熊谷守一さんの晩年の一日を、のんびりと描いたフィクション。熊谷守一さんを山崎努さんが丹精込めて演じ、熊谷守一を愛し朗らかに支えた妻秀子さんを樹木希林さんが演じる。このお二人があのお二人を演ると聞いた時…

青春譜〜吹奏楽の甲子園〜

私の自宅近くに普門館がある。普門館は、立正佼成会が所有するおよそ五千席もの大ホールである。かつてはここで、全日本吹奏楽コンクールの中学と高校の部が開催されていた。吹奏楽の甲子園として名高い。ここで若者たちのフレッシュで、熱いバトルが繰り広…

なおすけの平成古寺巡礼 白水阿弥陀堂

今年は春があっという間に過ぎ去り、はや初夏の陽気。桜花の余韻に浸ることなく、若葉も青葉へと変わった。梅雨明けも早いと予想されており、関東は昨年冷夏であったが、どうやらこの夏は長くなりそうだ。 四月半ば、私はかねてから気になっていた福島県いわ…

こいのぼり 

少年の頃、端午の節句になると、私は空ばかり眺めていた。こいのぼりが大好きだったから。何故好きだったのか?明確な答えはない。まことに漠然としているが、力強く空を泳ぐこいのぼりに、私も金太郎のように掴まっていたいという想いを抱いていたのではな…

青春譜〜吹奏楽の魅力〜

私は中学、高校と吹奏楽部に所属した。私にとっての吹奏楽は、人生でもっとも多感な時を、寄り添うように共に歩いてくれた影のような存在である。思春期、私は己が境遇を逆恨みしかけそうになった。だがそうさせじと、守り育ててくれたのが吹奏楽であった。…

桜花ふたつ

五年前に母の愛犬が死んだ。九年生きたチワワが盛夏に、その秋には十三年生きた柴犬が相次いで逝ってしまった。母はすっかり落ち込んでしまったが、二歳の孫娘と、チワワが死んですぐに生まれた二人目の孫の世話や心配に明け暮れる日々が続き、悲しんでばか…

なおすけの平成古寺巡礼 北関東廻り(三)

渡良瀬川。美しい川の名だ。九州の田舎にいた高校生の頃から、この川の名はよく知っている。森高千里さんの「渡良瀬橋」を耳にしていたからだ。今でも冬の落日黄昏行きに、この曲を聴きながら私のあの頃を思い出すことがある。渡良瀬川は皇海山を水源に、群…

なおすけの平成古寺巡礼 北関東廻り(二)

すっかり北関東の寺社に魅了されて、別の日にまた出かけた。深夜に東京を発ち、T君の運転で東北道を北に向かう。もう何度このルートを走っているかわからない。奇縁なことに天気はいつも晴朗で、行きは夢のような朝焼けを、帰りには厳かな夕焼けを拝みなが…

なおすけの平成古寺巡礼 北関東廻り(一)

去年、坂東三十三観音巡礼を結願した。巡礼記は別途書くつもりだが、とにかく関東平野を廻り巡ったことは、私にとって生涯の財産と成り、同時に関東の広さと奥深さに深い感銘を受けた。関東一円を巡ったついでに、私は長年気になっていた北関東の寺社の多く…

日本一の参道

昨年秋の信州旅行で、かねてから気になっていた戸隠神社まで足を伸ばした。善光寺の御朝事に参加して、雪解けの山道を戸隠へ向かう。本当ならば前日に戸隠に行くはずであったが、大雪のために断念。幸いに良く晴れたので路面の雪解けは進んだようだ。善光寺…

至高の行方

羽生結弦君が五輪連覇を果たした。私はこれまでにも何度か書いてきたが、スポーツ観戦ほど心を震わせ、誠の感動を貰える出来事はない。世の中何でも斜から眺めている捻くれ者には、スポーツ観戦は唯一真っ直ぐに目を逸らさずに、無心になれる事である。今冬…

なおすけの平成古寺巡礼 小布施の岩松院

信州は格別な地域である。その呼び方からして、一つの州部を連想させる。事実信州は、何となく孤立している雰囲気がある。中部地方であって、愛知や岐阜とは気候も風土も人も違う。甲信越と一括りにされることもあるが、甲州とも越州ともまた違う。理由は明…

初釜を終えて

先日、社中の平成三十年初釜が終わった。社中にお世話になり一年半、私自身初めての大寄せ茶会に寄せていただいた。私は朝ぼらけから必死で羽織袴を着て、戦へ赴 く様に武者震いして出かけた。私の先生は、今や弟子の総数は不明というが、この日の初釜には四…

公共の福祉と言論の自由

大寒の候。東京では大雪が降る。先日、小室哲哉さんが音楽活動を引退した。週刊文春に不倫疑惑を掲載されて、自らの望んでいた勇退とは違う、惨めで哀れな末路となった。個人的には小室さんの引退はとても寂しい。小室哲哉の音楽は、私の思春期から青春期に…

日本仏教見聞録 善光寺

昨年秋、坂東三十三観音巡礼を結願した。西国、坂東、秩父などの観音巡礼に結願すると、信濃善光寺と、別所の北向観音へ御礼参りするのが慣わしである。私とT君は師走間近の晩秋、信濃路へ旅立った。夜中に東京から関越道に乗り、上信越道の上田あたりで明…

転生

平成二十九年大晦日。明日から平成三十年だが、その平成も残りおよそ一年半で幕を降ろす。思えば二十九年はあっという間であったが、平成元年からこれまでを鮮明に思い出せるのは、私がこの時代を我が人生において、最も多感な時期に過ごしたからだろう。し…

花月

茶の湯の稽古を始めて一年半近く経った。我ながら珍しいことで続いている。面白くて仕方がないという単純明快な理で続けているが、稽古の度に茶の湯の奥深さを味わい、同時に苦闘しながらお点前をする事夥しく、何故にもっと早くから始めなかったかと悔やむ…

深川八幡に奉ずる文

年の瀬には奇怪な事件が多いが、今年の暮れも実に不気味、不愉快、不謹慎な事件が起きてしまった。事件の舞台が、深川の八幡様として四百年近くも庶民から崇敬されてきた富岡八幡宮で、その宮司の位を巡る富岡家の骨肉の争いに呆然である。それにしても神社…

班長旗

子供のいない私にとって、二人の姪っ子は可愛くて堪らない。上の子が小学一年、下の子が四歳になった。離れて暮らしているが、姪っ子二人のことは常に気にかかるし、彼女達の行く末を慮る毎日である。私は何かをできるわけではないのだが、幼き今は無用でも…

白河関

司馬遼太郎の「街道をゆく」は、私の旅の友である。司馬さんは世界中を旅され、大紀行を記した。司馬さんならではの視点、考えは実に興味深い。私はいわゆる司馬史観を肯定も否定もしない。司馬さんの本では、司馬さんと同じ目線で歴史を辿れば良い。ゆえに…

日本仏教見聞録 成田山

千葉県は南関東でもっとも広い。房総半島を丸々抱いて、内陸も奥深い。上総、安房の全域と下総の一部が現在の千葉県である。千葉県には都道府県で唯一、海抜五百メートル以上の山地がない。習志野原と房総の海外線、あとは鋸山ほどの山と、なだらかな丘陵が…

図書館にて

先日、知人から朗読会の誘いを受けて出掛けた。朗読会は私の家の近所の図書館で開かれる。知人は某ラジオ局のパーソナリティーで、時々、こうした朗読会にも出演している。知人の他にも、有志の語りのプロが数人出演した。最近は朗読会が盛んらしい。私は、…

日本仏教見聞録 東本願寺

京都駅から烏丸通りを北へ五分ほど歩くと、巨大な東本願寺の御影堂門が現れる。その甍を見上げるたびに、都の大寺だけに威風堂々と吹く風に私は圧倒される。ところが、門の奥の広い境内からは、真宗寺院独特の庶民的な匂いが漂ってきて、同時に何だか懐かし…

涅槃図

徳川時代の絵師は百花繚乱。絵師としての実力、個性、人気、生き方、いずれも途轍もない光芒を放つ。様々とは彼らのためにある言葉に思えてくる。師宣、春信、清長、栄之、北斎、広重、国芳、私もお気に入りの絵師がたくさんいるが、彼らと一味違う異才が英…

胡耀邦という人

先日、NHKスペシャルで、中国の胡耀邦元総書記をやっていた。三十年前の中国の指導者について、私はほとんど無知であったが、今回少しばかり胡耀邦のことを知って、あのように親しみやすく、大らかな中国指導者がいたことに感銘を受けた。胡耀邦が掲げた政治…

松上げ

八月末、私の長年の宿願がひとつ叶った。それは、京都の北の山奥で行なわれる松上げという火祭を観ることであった。松上げのことを知ったのは二十年近くも前、白洲正子の随筆かくれ里の「山国の火祭」という文章を読んだからだ。以来、神秘に満ち溢れた火祭…