弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

白河関

司馬遼太郎の「街道をゆく」は、私の旅の友である。司馬さんは世界中を旅され、大紀行を記した。司馬さんならではの視点、考えは実に興味深い。私はいわゆる司馬史観を肯定も否定もしない。司馬さんの本では、司馬さんと同じ目線で歴史を辿れば良い。ゆえに…

日本仏教見聞録 成田山

千葉県は南関東でもっとも広い。房総半島を丸々抱いて、内陸も奥深い。上総、安房の全域と下総の一部が現在の千葉県である。千葉県には都道府県で唯一、海抜五百メートル以上の山地がない。習志野原と房総の海外線、あとは鋸山ほどの山と、なだらかな丘陵が…

図書館にて

先日、知人から朗読会の誘いを受けて出掛けた。朗読会は私の家の近所の図書館で開かれる。知人は某ラジオ局のパーソナリティーで、時々、こうした朗読会にも出演している。知人の他にも、有志の語りのプロが数人出演した。最近は朗読会が盛んらしい。私は、…

日本仏教見聞録 東本願寺

京都駅から烏丸通りを北へ五分ほど歩くと、巨大な東本願寺の御影堂門が現れる。その甍を見上げるたびに、都の大寺だけに威風堂々と吹く風に私は圧倒される。ところが、門の奥の広い境内からは、真宗寺院独特の庶民的な匂いが漂ってきて、同時に何だか懐かし…

涅槃図

徳川時代の絵師は百花繚乱。絵師としての実力、個性、人気、生き方、いずれも途轍もない光芒を放つ。様々とは彼らのためにある言葉に思えてくる。師宣、春信、清長、栄之、北斎、広重、国芳、私もお気に入りの絵師がたくさんいるが、彼らと一味違う異才が英…

胡耀邦という人

先日、NHKスペシャルで、中国の胡耀邦元総書記をやっていた。三十年前の中国の指導者について、私はほとんど無知であったが、今回少しばかり胡耀邦のことを知って、あのように親しみやすく、大らかな中国指導者がいたことに感銘を受けた。胡耀邦が掲げた政治…

松上げ

八月末、私の長年の宿願がひとつ叶った。それは、京都の北の山奥で行なわれる松上げという火祭を観ることであった。松上げのことを知ったのは二十年近くも前、白洲正子の随筆かくれ里の「山国の火祭」という文章を読んだからだ。以来、神秘に満ち溢れた火祭…

重陽

九月九日重陽。重陽は五節句の掉尾を飾る菊の節句で、徳川時代までは、宮中でも江戸城でも節会が催された。節句は陰陽五行説に起因し、邪気を祓い無病息災を祈念する行事が、様々な形で行われた。本来は五節句以外にも多くの節句があるらしいが、徳川幕府が…

なおすけの平成古寺巡礼 天應寺

盛夏の候、三ヶ月ぶりに坂東巡礼に出かけた。此度は、栃木県の満願寺、中禅寺、大谷寺の三ヶ寺にお参りして、帰りがけに佐野市の天應寺に立ち寄る。江戸期、このあたり一帯は彦根藩の飛び地で、天應寺は井伊家の菩提寺とされた。下野国は奥州道が貫く要衝の…

甲子園礼賛

今年で99回目の夏の甲子園もいよいよ決勝。今年は強烈なスラッガー揃い。準々決勝でホームランの大会新記録が出たり、大会史上初の代打満塁ホームランが出たり、ついには広陵高校の中村奨成選手が、準決勝で個人のホームラン新記録を有言実行で出してみせ…

秋が来る前に

旧暦ではもう秋でも、当世暑さの真っ盛り。日本の八月は鎮魂総供養の夏。お盆がきて先祖を偲び、迎え、送るという習わしは、古くから日本の夏の風景である。八月には、五山の送り火をはじめ、霊魂を慰める祭が方々で行われる。そして、八月は広島と長崎の原…

弔辞

次の東京五輪、選手の活躍は大いに期待し、まことに楽しみであるが、開催過程には目も当てられないほどケチがついた。負の遺産ばかりが目立つ。そして、ついにもっとも激烈で、あってはならぬ事が起こってしまった。すったもんだの挙げ句、昨年末から始まっ…

空を摑んで

先日、母方の祖母が亡くなった。享年九十二歳の大往生であった。私は祖母の臨終に立ち会うことは出来なかったが、亡くなる前日から、祖母は目を閉じたまま、しきりに空を摑もうとしていたらしい。食事もほとんど摂らず、寝たきりとなっていた祖母が、何度も…

平家にあらずんば

歴史的観点から今の世相を照らし合わせてみれば、実に学ぶべきところが多い。時に、歴史をやっていることなど今を生きる事に何の意味も成さないとか、現実と未来しか見る必要はないと思っている人からは、馬鹿にされることもあるが、温故知新とは真実なので…

夏越の祓

梅雨只中。六月晦日を迎えた。今日は半年が終わる小晦日であり、夏越の祓が各地で行われる。夏越の祓は、上半期の穢れを落とし、下半期の無病息災を願う神事で、夏越の大祓とも呼ばれる。一部の神社では、茅の輪くぐりをして、夏越の祓に参加できる。茅の輪…

仙洞御所

天皇陛下が御退位される日が確実に近づいている。象徴天皇として何よりも国民のために、出来得る限りのお勤めを果たされてきた両陛下には、ただただ感謝のみで、早くゆっくりとお休みいただきたいが、やはり平成が終わるのはさみしい。本当は退位ではなくて…

なおすけの平成古寺巡礼 榛名山

四月の末、坂東三十三観音巡礼で群馬県にある二箇寺へお参りした。十五番白岩観音と十六番水澤観音である。坂東巡礼記は満願の暁に記すつもりだが、巡礼のついでに寄り道した土地や寺社については、ここで書いてみたいと思う。群馬県は関東でも特に広々とし…

スラヴ叙事詩

私は学生時代に吹奏楽部でクラリネットを吹いていた。その時に、チャイコフスキーのスラヴ行進曲を演奏したことがある。不気味な低音からやんわりと始まり、何とも暗く重苦しい主旋律を奏でる。あのメロディは一度聴いたら忘れ得ず、私の頭の中を終始駆けめ…

馬蝗絆と稲葉天目

東博で茶の湯展が開かれている。展覧会は、日本の茶道を一通り網羅する大規模なもので、これほどの規模で開催されるのは、三十七年ぶりという。さっそく私も拝見してきたが、陳列の多さに圧倒され、いささか満腹気味。終わる頃には疲れ果ててしまった。こう…

先日、近代美術館で楽茶碗の展覧会を観た。初代長次郎から当代吉左衛門に至るまで、これでもかという名品が顔を揃える。ここまで一同に会するのは、当代曰く、自分の生前はもう無いだろうとのこと。はたして、楽家代々の茶碗が並ぶと壮観であった。同時に、…

日本仏教見聞録 護国寺

かつて私は護国寺の近くに住み、境内や門前をよく歩いた。若い頃、正月にテキ屋のアルバイトをしたこともある。不老門の石段下で、初詣客を相手に、おみくじやジャガバター、焼きそばなどを売ったりした。大晦日の朝から準備をして、翌元日の日暮れまで一睡…

世界は何処へ向かうのか

3月にロンドンで起きた暴走車によるテロで、轢かれたあげくに、ウエストミンスター橋からテムズ川に転落した女性が、先日亡くなった。半月ほどは、生命維持装置により延命していたが、恋人や家族の意思で、装置は取り払われた。遺族の遣る瀬無い想いや如何…

桜守

世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 桜の頃、私はいつも業平のこの歌を口遊む。暑さが苦手な私は、春夏よりも秋冬を好む。梅が散って冬が終わり、花の便りが届きはじめると、若干鬱々としてくる。春空の下、私は己が雲路の中を彷徨う。でも…

日本仏教見聞録 浅草寺

浅草はなぜあれほどの人を惹きつけるのか。浅草に日本を、あるいは江戸の名残を求めてか。浅草の観音さまは、そこへ来る人々を千三百年もの昔から迎えている。年間の参詣客三千万人超え。日本でこれだけ人を集める寺はない。東京最古にして最大の寺。寺院に…

なおすけの平成古寺巡礼 豪徳寺

平成があと二年ばかりで終わるかもしれない。こうしてはいられない。何か平成日本を生きた証を残したい。昭和の終わりに生まれて、思春期、青春期、そして壮年期に入った今、人生のほとんどを平成という時代と共に歩いてきた。私が平成時代三十年を生きた証…

遠き道程

東日本大震災から六年が過ぎた。まことにあっというまの六年。あの日の記憶は、私たちの脳裏に依然として生々しい。ほんのわずかばかり復興はしているが、それでも、震災前に比べたら、いかにも道半ばである。ことに、原発事故の避難地域は、完全に廃墟にな…

教育勅語

慶応三年(1868)十二月九日、王政復古の大号令が発せられた。翌慶応四年三月十四日に、明治天皇は、五箇条の御誓文を立てられて、新しい時代を率いる覚悟を示された。ほどなく明治となり、政府は、この国が長らく培ってきたものを悉く廃して、矢継ぎ早に、…

日本仏教見聞録 寛永寺

私は家でよく香を焚く。香煙をくゆらせると、穏やかな気持ちになれるし、書くことや読むことにも集中できる。伽羅や沈香が好みであるが、高価なのでなかなか手が出せない。そんな時に見つけたのが、「東叡香」という寛永寺の香である。箱のデザインからして…

建国之日ヲオモウ

今日は建国記念日である。現代の日本人にとっては、あまり意識しない建国の日。アメリカの独立記念日などに比べたら、神代の頃からの伝説を元に定められたという曖昧なところが、また関心が薄い一因でもあろうか。しかし、戦前までは、紀元節と呼ばれ、盛大…

掛け違いから得たもの

先日、職場で得難い体験をした。私は、自分の業務上、十分に理解していたことを、失敗したくないがために、念のための確認のために、上司にお伺いを立てた。すると、上司は、私と目もあわせずに、「はいそうですね。」とだけ答え、黙々と自分の仕事をしてい…