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弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

輩考

日本シリーズは日ハムが四連勝して十年ぶりの日本一になった。今年のプロ野球は例年以上に面白かった。各球団大物ルーキーがいて、若手の躍進もあり見応えがあった。ことに大谷翔平選手は輝いていた。今年彼は、一段も二段も三段も大きく飛躍したと思う。ここへ来て大輪の花が開いた感である。また惜しむらく、今年の球界はベテランの相次ぐ引退もあった。一方で、野球賭博が暗い影を落としたが、それさえも吹き飛ばすような、どのチームもすばらしい試合を見せてくれたと思う。ことにこの日本シリーズは、近年稀にみる大接戦で、そのすべてが名勝負であった。私は大谷翔平贔屓なので、日ハムを応援したが、優勝インタビューで栗山監督が、今年の野球界を牽引したのは間違いなく広島であったと言っていた。至極もっともだと感じ入った。私も心からそう思う。ここでこういうことが言える栗山監督とは何と凄い人だろう。こういう監督だからこそ、日本一を勝ち得たに相違ない。そしてまた、大悲願の日本一を夢見た広島カープファンは悔しかっただろうが、栗山監督とファイターズに惜しみない拍手を送っていたのも感動的であった。広島ファンはマナーの良いことで定評があるらしい。相手チームの健闘もしっかりと称える。そういえば日本人は、源平の時代からそういうところがある。屋島に於いて、那須与一が舟上の扇を見事に射抜いた時、はらはらと宙に舞う扇を見て、源平双方声をあげての拍手喝采であったというから、こういう血が日本人には文字通り脈々と受け継がれているはずだ。現代日本人も間違ってもフーリガンなどにはならぬのではないだろうか。

時にまたハロウィンの季節がやってきた。日本ではいつの頃からか、ハロウィンが仮装パーティーとして定着したが、それは結構なことだと思う。皆で楽しむことも悪いことではない。子供や二十代くらいまでの若者は大いに楽しんだら良いと思う。ただ、そこに便乗する大人たちはいただけない。便乗して商売するのはまぁ仕方ないだろう。パーティにいい歳をした大人が、若者と一緒になって参加したり、それを追いかけるマスコミに、私は強烈な嫌悪感を抱く。はっきり言って気持ち悪い。反吐が出そうである。日本人は太古の昔から祭好きであった。だから、伝統的な祭を老若男女が一同で盛り上がるのは共感できる。でもなぜハロウィンには共感できないのだろう。私自身がおかしいのかもしれない。でも、ハロウィンは外国の祭であって、少なくともアメリカあたりまでは子供が楽しむ祭である。どう捻じ曲がって日本に不時着したのか私は知らないが、せめて二十代までがはじける遊びだと思うのだが。恥ずかしいとも思わぬ大人が多いことが、哀しくもありこの国のこれからに危機感すら覚えるのは私だけだろうか。このままで日本は本当に大丈夫なのだろうか。まぁ、そういう大人たちは普段から何事にも一生懸命なのだろう。だから、年に一度童心に返ることも否定はしたくない。

嗚呼、やはり私がおかしいのだ。でも私には到底できない。やる必要もまったくない。

何でも、俄かファンや便乗する輩とはいるものだ。ちょっと注目されたり、流行りだすとそこに乗っかるタイプの人間だ。それがその人の生き方なのだから、他人がとやかくいうことでないことも重々承知している。私が思うに彼らは寂しいのだろう。私も寂しい。でも私はその寂しさをどう耐えて、それを切り抜け、どうやって一人で生きていくかをいつも模索している。そして、何となくどうすればいいのか少しずつわかってきたつもりだ。でも彼らはその光さえ見えないのではなかろうか。そう思うと気の毒でならない。だから、誰かの喜びに乗っかったり、右向け右で皆と行動を共にしたいのだろうか。思えば幕末の「ええじゃないか」も、趣旨や目的があったとも言われるが、それは最初に始めた連中だけで、あとは私が思うに今日のハロウィンと似たような出来事であったのかもしれない。人間は群れを成さねば生きていけないのならば、彼らこそが正しく人間なのだと思う。とすれば私は人間ではない一匹狼か。いや、そんな格好良いモノではない。さしずめ根性曲がりの天邪鬼だ。或いは魔物に憑かれているのかもしれない。とにもかくにも秋の夜長をどう楽しむかは各々自由である。私は静かに読書でもしたい。それだけは揺ぎない。