弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

THE WEST WING

いよいよアメリカ大統領選挙の日がやってくる。オリンピックイヤーは私にとって、このアメリカ大統領選挙もまた、とても関心を抱くニュースなのだが、今年ほどいろいろな意味に於いて不思議な大統領選挙もかつてなかった。まさに泥仕合の様相を呈しており、本当にこれがアメリカ大統領選挙なのかと、アメリカ国民でなくとも唖然としてしまうが、日本にとっては、両候補どちらが当選しても、少なくとも向こう四年間は、難儀な道が予想される。それ故、合衆国大統領選挙は気になる。アメリカの斜陽が始まっていると世界中が認識するが、少なくとも現時点では経済も軍事力も世界一である。いまだ唯一の超大国といえよう。そして日本の唯一の同盟国アメリカ。その国のトップが決まるのだから、関心を抱かないわけがない。

私が物心ついてはじめて知ったアメリカ大統領は、第四十代ドナルド・レーガンである。政治的評価は賛否分かれるが、私が生きているこの四十年間では、在任中も退任後も、もっとも人気があった大統領であろう。俳優出身のレーガンは、男前なルックスと、抜群の話術で大衆を惹きつけた。その演説は今見ても、引き込まれるほど聴き入ってしまう。日本でも田中角栄元首相は、うなるような凄い演説をしたが、レーガンの演説はもっとスマートで、独特の低い声と間の取り方が演説全体に重厚感を与えている。まさに現代アメリカの自由と繁栄の象徴的な存在で、強く偉大なアメリカと資本主義の最高到達点はレーガンの時代であったと思う。「悪の帝国」とまで呼んだソ連とはいつのまにかの急転直下で冷戦終結へ漕ぎ着けて、その後およそ三十年間、世界はアメリカ一強となった。その高みへと導いたのレーガン大統領であった。

私は今年の春から夏にほぼ毎晩「THE WEST WING」というアメリカのドラマを観ていた。日本でもかつてNHKで「ホワイトハウス」というタイトルで放映されていた。ウエストウイングとはホワイトハウスの西棟のことで、大統領執務室や上級スタッフのオフィス、ブリィーフィングルームがある、まさにアメリカ政府の中枢である。シーズン1~4までNHKで放映されたが、韓流ドラマブームに圧されて、残念ながらNHKでは放映しなくなった。その後、衛星放送のどこかで放映されたみたいだが、私は見ること叶わず、あの時は韓流ブームを恨めしく思ったものだ。以来、このドラマのことはずっと気になっていて、ようやく今年の春からDVDを借りてきて、シーズン7まですべて見ることができたのだ。

全154話を毎晩一話ずつ見ていたので、四ヶ月もかかったが、実に面白かった。原語版も吹替版もどちらもすばらしいが、原語版はアメリカ人でも聞き取れないことがあるほど、物凄いスピードの台詞回しで有名なドラマである。また、極めて緻密にアメリカ政府の実情を考証した上で作られた、架空の政権と架空の物語であるが、展開も目まぐるしく、しっかりと見ておかないと、後につながる話もあるので、ついていけなくなる。ホワイトハウスの内部やエアフォースワンなど、私たちが生涯目にすることも無いところも、余すことなく存分に再現してある。オーバルオフィスやシチュエーションルームでの引き込まれる緊迫感、また大統領や側近たちのプライベートな表情も繊細に描かれており、壮大な現代アメリカの政治ドラマでありながら、家族愛を描いたホームドラマでもあり、恋愛ドラマの様相も盛り込まれている。ことにブリーフィングルームでの大統領報道官の記者会見は秀逸だ。だが、すべてはあくまでフィクションなのだ。

そうとわかっていても、皆、本物に見えてくるのがこのドラマの凄いところだ。バートレット大統領役のマーティン・シーンは本当に大統領にしか見えない。私個人的には、首席補佐官レオ・マクギャリー役のジョン・スペンサーと報道官CJ・クレッグ役のアリソン・ジャーニーがお気に入り。故にジョン・スペンサーが死去により最終回までいなかったのは哀しいことであったが、その死をドラマでも気高く描いてくれていたのはうれしかった。草葉の陰から彼自身も喜んだに違いない。シーズン7の大統領選挙のキャンペーンも実にリアルで、大統領選挙というものがアメリカにとって、ただ単にリーダーを決めるという単純なものでないことを如実に語っている。そして何といっても私は、このドラマでいつも感服したのが、回毎のエンディングであった。まるで日本の古典文学のような余韻の残し方で、そのまますぐに次回を見たくてたまらなくなるのである。音楽もクラシックあり、壮大な映画音楽やオリジナル曲あり、ジャズあり、ロックありとその時々で的を射た選曲がすばらしい。かつてこれほど嵌った海外ドラマはなかった。良くも悪くも極めてアメリカ的なドラマである。それでも長い長いアメリカの大河ドラマを見終わった時、私はとても爽快な気分になった。

もちろんこれはドラマであるから、現実はまったく違うであろう。あくまでドラマだ。現実は簡単ではなく、ドラマは理想であろう。しかしながら、世界一の国の抱える問題、そのトップで国を動かす人々の苦悩、そして威厳と誇りを持った仕事ぶりに私は深い深い感動を覚えたのである。アメリカは今、いやアメリカのみでない、世界は今、大きな転換点に来ている。そんな大事な分水嶺をアメリカは、世界はどのように越えてゆくのだろう。混迷の世界情勢、その舵取りを担うべき船長ともいえる次の合衆国大統領がまもなく決まる。今回の選挙はアメリカ国民だけではなく、世界中が注視しなくてはいけないと思うのだが。