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弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

悪魔のトリル

晩秋の夜、紀尾井ホールに再び三浦文彰君のヴァイオリンを聴きに行く。プログラムはクライスラードヴォルザーク真田丸組曲ラヴェルサラサーテなど至福の二時間であった。此度は、ソロリサイタルで伴奏はピアノのみ。じっくりと彼のヴァイオリンを堪能した。中で私がもっとも聴きたかったのが、タルティーニのヴァイオリンソナタト短調「悪魔のトリル」である。超絶技巧が必要とされる曲で、世のヴァイオリニストにとってはこの曲を弾きこなせるかどうかは、自身の演奏家人生において試金石であり、ひとつの指標ともいえる曲であろう。トリルとは演奏技法のひとつである。弦楽器の場合ハンマリングオンというフレット間の弦を叩いて演奏する技法と、プリングオフという指板上の指で弦を引っ掻いて演奏する技法を交互に行うことをトリルという。こう書いていても素人の私にはさっぱりわからぬが、演奏家でなくとも高難易度の演奏技法であることは想像くらいはつく。「悪魔のトリル」はこの技法を用い、高音部ではトリルを奏しながら、下音部でもうひとつの旋律を奏でるという二重音の譜面になっており、現代の演奏技術をもってしてもかなりの至難曲なのである。三浦文彰君は小学生の頃この曲に挑み、なかなかうまく弾けず練習の帰り道では悔しくて涙したという。しかし彼は天才であり努力家である。いつの日かこの曲を弾けるようになった。天才をそこまで虜にし苦しめた「悪魔のトリル」を私はどうしても彼の演奏で聴きたかった。

この曲を作曲したジュゼッペ・タルティーニは1692年にイストリア半島ピラーノで生まれた。ピラーノは現スロベニア領で、タルティーニの頃は、歴史上最も長く続いた共和国であるヴェネツィア共和国であった。両親は彼を修道士にしようとしたらしく、少年の頃から教会で音楽に触れる機会はあったが、やがて法律の勉強やフェンシングの名手となるなど、およそ音楽家やヴァイオリニストとはかけ離れた生活を送る。でも運命はやはり彼をヴァイオリンへと導いてゆく。紆余曲折あるも、その後再び修道院に入ってヴァイオリンに没頭するようになった。そこから彼は音楽家として七十七年の人生を生き抜いた。この頃の人としては相当な長生きである。1716年、タルティーニはすでにイタリアヴァイオリン界の名手となっていた、フランチェスコ・マリア・ヴェラチーニの演奏を聴き衝撃を受ける。自身の技能の未熟さに不満を持った彼は、練習のために自室に閉じこもり、何人も寄せ付けず精進した。その後、彼のヴァイオリンは大きく成長するが、彼はいつまでたっても自分のヴァイオリンに満足しなかった。そんなある晩、タルティーニは夢の中で悪魔に魂を売り渡し、その代償に悪魔はヴァイオリンでソナタを奏でた。目覚めたタルティーニはすぐにその曲を書きとめた。それが「悪魔のトリル」である。その後はヴェネツィアのみならず、イタリアから果てはヨーロッパ中にその名を轟かせるようになり、教室も開いて多くの弟子もできた。また、和声や音響学に興味を持ち、この分野の学術論文も多く記した。こういうある意味理論的な彼の性格からして、作曲も演奏も常に完璧を求めたであろうことは想像に難くは無い。自身の目指す高みに到達すべく、何度も何度も登ることを諦めなかった。そんなタルティーニという人が作った彼の代表作が「悪魔のトリル」なのである。この曲は、今も昔もこれからもヴァイオリニスト達の飽くなき挑戦を受け続けるであろう。

曲は三つの楽章からなり、静かに哀愁を帯びて始まる。有名な悪魔のトリルは第三楽章の主部に現れる。二声の重音の上に絶え間なくトリルが続き、華麗にして荘厳。だが、そこにはやはり奏でる者を呪縛する悪魔が覗いているような気がする。神ではなく悪魔なのである。あくまでも悪魔なのである。アドリア海の女王と呼ばれたヴェネツィアで、紺碧の海を見て育ったタルティーニにして、なぜこのような曲が生まれたのだろうか。思えば、イタリアジェノバ出身のパガニーニも似たような伝説があり、彼のヴァイオリンはあまりに超絶であったが故に、悪魔に魂を売って手に入れた技法であるとさえ言われたとか。彼の演奏は、皆怖いモノ見たさで聴きに来て、十字を切る者さえいたという。アドリア海や地中海沿岸の独自の気候は、芸術の分野で多くの天才を生んだ。音楽も絵画も彫刻も永劫燦然と輝いている。だが、どこか謎めいた不気味な印象があることもまた一理あり、それは絵画でも音楽でもいえることだ。私などには想像もつかないが、あまりに美しい青い海と穏やかな陽光とカラリとした空気は、陽気な人間を作るとついイメージしてしまうが、それは時として表裏一体真逆の人間を形成するのかもしれない。完璧であるが、このような憂いを帯びた屈折した曲を作ったタルティーニもまた、心はいつも枯渇しそうで、その生涯において潤いを求め続けていたのではなかろうか。

そんな「悪魔のトリル」を三浦文彰君は事も無げにやってのけた。この曲を演奏している時、まさしく彼にも悪魔が憑依していたと思う。私たち聴衆も息を呑む「悪魔のトリル」であった。でも演奏後の彼はいつものように優しくはにかみ、私たちに一礼した。そこにはもう悪魔は立ち去って居なかった。