弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

甲子園礼賛

今年で99回目の夏の甲子園もいよいよ決勝。今年は強烈なスラッガー揃い。準々決勝でホームランの大会新記録が出たり、大会史上初の代打満塁ホームランが出たり、ついには広陵高校の中村奨成選手が、準決勝で個人のホームラン新記録を有言実行で出してみせた。今大会はヒットも多彩で、とても見応えがあったと思う。一方で投手陣は、絶対的エースはいないが、何枚も看板がいるチームが増した印象。プロ野球のように分業となってきた。やはり、エース一人に背負わせれば、体力的にも精神的にも、下手をすれば、甲子園後が無になってしまいかねないほど消耗してしまうもの。そのあたりが、長年の課題にもなっていたが、ここへきて指導者たちにもそうした考えが浸透してきたのか、或いは今後は常識になるのではなかろうか。観ている方は、絶対エースの華々しい活躍に見惚れたい気もするが、選手のことを思えば、やはり分業が望ましい。その方が投手陣の打撃にも磨きをかけられるだろうし、彼らも自分こそがエースとなるために精進するに違いない。投手分業は、チーム全体に誠に良い相乗効果をもたらすであろう。 どんなスポーツも年々進化しているが、野球は近年はサッカー人気にやや押され気味だった。でもやはり伝統はそう簡単には廃れない。個々のレベル、体型、メンタル面、指導方法に至るまで飛躍的に進歩している。逞しく楽しみな高校球児達が、毎年育っているのだ。

日本人は野球が好きだ。プロ野球は無論のこと、社会人野球や大学野球にもファンは多い。だが、なんといっても高校野球の熱気には敵わない。その雰囲気、熱視線は時にプロ野球さえも凌駕する。 高校野球はその直向きな純朴さと、まさしく青春真っ盛りを体現して魅せてくれるから、日本人の誰もが酔いしれるのだ。年少の者は高校球児に憧れ、年長の者はひとときあの頃の我に還ってしまう。プロ野球に比べたら、エラーやミスが多いのは当然だが、そんな波乱万丈があるからこそ、優劣が一瞬で入れ替わるドラマが度々あり、名勝負が生まれ、将来期待の選手が彗星の如く現れる。

高校球児はガタイも良いせいか、いくつになっても自分よりずっと大人に見えることがある。アスリートには同じことがいえるが、高校球児には特にそうしたものを感じる。サインを読み合う表情ひとつにしても、守備のファインプレーにしても、私が幼い頃、夏休みに観た高校生の兄ちゃんたちとオーバラップする瞬間が何度もある。日本の夏に高校野球は必要な風景。先から書いているが、八月は盆がきて、国民総供養の月。でも高校野球があることで、全く暗い気持ちにならずに済む。高校野球が無ければ、日本の八月は非常に重くて、抹香臭い夏になっていたことだろう。静謐な祈りのあとに、元の日常に戻してくれるのが高校野球なのである。

夏の甲子園はなぜかくも美しいのか。勝つ花、散る花どちらも爽快で、熱く、気高く、美しい。勝ち上がってゆくチームは、攻走守の実力があることは勿論だが、抽選、組み合わせ、天候、展開すべてにおいて、幸運を引き寄せるパワーを兼ね備えているように思えてならない。そして、どこかチーム全体が泰然自若としている。それは、勝ち上がる度に増してゆき、王者の風格を身に纏ってゆくのだ。そうした彼らの成長を見守ることも、また高校野球の醍醐味であろう。夏の甲子園は、都道府県の代表ということもあり、おらが国を応援したくなる。普段、地元には見向きもしない輩も、ここぞとばかりに応援する。まるで国取合戦だが、高校野球とは郷土愛を改めて思い出させてくれるものなのだ。しかし、戦い終われば選手も、応援団も、ファンも互いの健闘を心から讃える。間違ってもフーリガンなど生れない。こんなビッグイベントは、この国には他にない。国体よりも遥かに甲子園は盛り上がる。また応援合戦も名物である。メンバー入りできなかった部員、応援団、チアリーダー、家族、友人、そしてブラスバンドが一体となる。アルプスにこだまする大声援は、まさに甲子園の花といえよう。

判官贔屓の日本人は、負けたチームに対する賞賛も惜しまない。テレビ放送でさえ、勝ったほうのみならず、しっかりと負けた方にもカメラを向け、熱闘を讃える。劣勢でも最後まで笑顔の選手、試合終了のサイレンと同時に泣崩れる選手、さらに監督やチームメイトに号泣しながら詫びる選手、涙ひとつ見せず真一文字に口を結び、マウンドの土を掻き集め甲子園を去ってゆく選手。私は彼らを見る度に、感動し涙腺が緩む。勝敗を超えた賛歌は、何とも気持ちが良いものだ。

私も、毎年応援するチームが現れる。今年は、西東京代表の東海大菅生高校を応援した。西東京大会から、総合力の高い大人びたチームと感心していたが、エースの松本君の好投にも目を奪われた。菅生は、昨年まで三年連続で西東京大会準優勝。三年生は先輩達と味わった悔しさを晴らし、積年の望みを見事に叶えてみせた。惜しくも、花咲徳栄高校との準決勝には破れたが、互いに最後まで譲らず、延長11回まで戦い抜いた。高校野球史に残る名勝負であったと思う。監督や先輩達と培った想いを現役生は背負って戦ったのである。そのビッグウェーブに、ファンである私達も乗っけてもらって、共に夢舞台へ連れて行ってくれた。だからこそ、惜しみなく大声援を送りたい。そしてまた、私も彼らと一緒にすばらしい夏を過ごせたことにお礼を言いたい。今年もいよいよ甲子園の決勝だ。王者は一校だが、出場するだけでも大変な栄誉。野球を愛する誰もが夢見る晴舞台へ上がったのだから、全校みんな胸を張って地元へ帰ってきてほしい。甲子園が終わり、高校球児が凱旋すれば、日本の夏が終わる。秋はもうすぐそこまでやってきている。