弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

青春譜〜金管楽器私総覧〜

金管楽器は奏者の唇の震動により発音する管楽器を云う。真鍮で作られているものが多く、マウスピースを装着し吹奏する。余談だが木管楽器でもフルートやサックスは真鍮製やメッキ製だが、唇を震動させない奏法のため金管楽器ではなく木管楽器とされる。金管楽器でまず挙げたいのはトランペットだ。トランペットは金管楽器のみならず、吹奏楽管弦楽においての花形楽器である。まずあの勇壮かつ華やかな音色を耳にする時、よくぞ人類がこの楽器を生み出したという喜びと、実際にこの楽器を創作した人々に私は敬意を表したくなる。トランペットはいつでも楽曲をリードする楽器であり、どこまでもスターなのである。それは吹奏楽においては特に顕著であろう。奏者は学級委員とか、体育祭の団長のように、皆から頼りにされ、羨望される存在である。奏者自身もそれを目指さねばならない。これはトランペット奏者の使命である。私もクラリネットを吹く前に、中学一年で入部してから半年くらいはトランペットを吹いていた。そのことや経緯は前に書いたからは省きたいが、どうしてもクラリネットが吹きたかった私はトランペットを置いた。しかし、クラリネットにトレードしてから改めて痛感したのは、トランペットの人を惹き込む力である。パンッと響く最初の発音だけで、聴衆も奏者もその楽曲の中へと入ってゆける。トランペットは楽曲の世界観をもっとも早く、端的に聴衆へ届けてくれる楽器である。トランペットはその歴史も非常に古く、起源となるラッパのさらに原型は新石器時代に遡る。金属のラッパは古代エジプトではすでに使われていて、王家や軍隊で活躍していた。トランペットは歴史からしても、華麗かつ力強い圧倒的な存在感にしても吹奏楽器の王であり、ラッパやコルネットなど同類の楽器はトランペットの王族であると私は思っている。

吹奏楽金管楽器の配置は聴衆から見て上段左にトランペット、右にトロンボーン。一段下がり左にホルン、右にユーフォニアム。チューバは雛壇に上がらず、右手バリトンサックスやバスクラリネットの後ろに配される。この配置がベーシックだが、楽団や人数、楽曲や編成、指揮者によって変わることもある。金管楽器で見た目にもっとアクションが大きいのはトロンボーンである。スライドを前後に動かすので、躍動的な楽器だ。トロンボーンは吹いたことはないが、以外と馴染みがある。私の妹もかつて吹奏楽部でトロンボーン奏者であったからだ。もっとも面白く関心を集めるのはやはり奏法だろう。金管楽器であるから唇の震動によるのだが、一般的なトロンボーンはスライドを前後に動かして音程を得る。音程は七段階あり、手前から第一、もっとも後ろが第七である。手前が高く後ろが低い。生き物の様だと述べたが、まるで象が長い鼻を動かしながら、楽しそうに叫んでいるようにも見える。大きな楽器なのにどこか愛嬌を感じる。トロンボーンは実に個性的な楽器である。起源はトランペットから派生したらしい。トランペットよりも低い音でハーモニーを奏でるが、トロンボーンが主旋律を奏でることもあるし、トロンボーン協奏曲も多い。ジャズでもよく奏される。吹奏楽トロンボーンがもっとも目立つのはパレードやマーチングである。その形状と奏法からパレードでは必ず先頭を務める。ターンをする時は、ベルとスライドを最大限に上に向けて翻る姿は、皆が一斉に合わせるとまことに壮観である。

アンモナイトのような独特の形状で、これまた不思議な楽器ホルン。マウスピースの直径は金管楽器で一番小さい2センチ程度だが、ベルはとても大きく直径30センチ以上もある。ホルンは種類にもよるが、吹奏楽で一般的に使用されるシングルホルンやダブルホルンは4メートルもの管を持つ。こうした形状ゆえに、ホルンは幅広い音域を持っており、中音域楽器でありながら、楽器によって高音域も低音域もカバーできる。ホルンは唇の振動、左手でバルブを操作し、右手でベルに手を出し入れすることで、様々な音を出せる。もっとも奏法の難しい楽器の一つとされ、ホルン吹きは冷静で根気あって、かつ器用なものでなければ上達しないであろう。ホルンは金管楽器にしては柔和な音を出すため木管楽器ともよく調和するので、木管楽器とのアンサンブルもしばしばある。無論、ホルンが主役の楽曲も多くある。ホルンは一見目立たないようだが、実は金管楽器木管楽器の橋渡しをする楽器である。私には楽器も音も奏者も、そのすべてにおいて、ホルンは賢者に見える。ホルンとは角笛の意で、角笛ならばこれまた古くから使われていたであろう。アルペンホルンは角笛から進化し、あの長さで止まった。以降は技術革新によって巻かれていったのだと思う。

ユーフォニアム吹奏楽独特の楽器と言ってよいだろう。語源はギリシャ語で「良い響き」のことだと云う。歴史は180年ほどで、ドイツヴァイマルのフェルディナント・ゾンマーによりその原型が開発され、以来改良が加えられて今日に至る。ユーフォニアム管弦楽にもテナーチューバとして見かけることもあるが、稀であり、やはり活躍の場は吹奏楽金管バンドのようだ。B♭管が一般的で、トロンボーンとほぼ同じ音域であるが、音色はトロンボーンよりも柔和である。正直に言ってユーフォニアムは地味な存在だ。吹奏楽ブラスバンドに携わりし者でなければ、知る機会も少ないかもしれない。吹奏楽部に入るまで私自身も知らなかったし、入部して近くでその音を聴いても、何の関心も湧かない楽器であった。実際、私の現役時代にも、新入部員が積極的に希望することはほとんどなかったし、他の楽器が埋まってゆく中、余ったユーフォニアムに配属されると、何だかハズレくじを引いた様な顔になる人もいた。が、ユーフォニアム吹奏楽にはなくてはならない楽器なのある。あの柔らかく優しい音色は、楽曲に重厚なる深みと、美味なる奥行きを与えている。ユーフォニアム奏者は、木管楽器で書いたファゴットのように、じわじわとその魅力にハマる者が多いように思う。その魅力に気づいた者だけの特権であり、それを知る者のみがその至福を味わえるのである。今、ユーフォニアムは密かなる人気を集めている。ブラス界を席巻する日も、そう遠くはないだろう。

チューバは吹奏楽団の父の様な存在だ。聴衆から見てステージ右手にどっしりと腰を下ろして、大きなベルから、太く逞しい低音を唸らせる。チューバは楽団と楽曲を根底から支えている。この大きな金管楽器はやはり男子の楽器だろう。無論のこと女子校や、稀に共学の吹奏楽部でも逞しきチューバ女子がいる。重量もさることながら、相当な肺活量を必要とするはずで、チューバ奏者はだいたいが体格がよい。そうでなければチューバ奏者は務まらぬし、チューバを吹いているうちに、心身はチューバの如く大きく成長してゆくに違いない。チューバは音も無限大に聴こえる。それは大音量よりも、デクレッシェンドしてゆく時、儚く消えてゆく低音にこそ感じるものだ。あれほどの巨体を奏するには、並大抵の努力では足りないだろう。クラリネット吹きの私からすれば、チューバ吹きは柔道部や野球部の連中と変わらなかった。チューバはラテン語で「管」という意味であり、チューブから連想したのか、チューバからチューブが連想されたのか私は知らないが、文字通り管楽器を象徴していると思う。低音楽器としてのチューバが開発されたのは、産業革命以降だとか。

私個人的に金管楽器の最高の魅力は、音を破って吹奏された時だと思う。例えば、譜面上フォルティシモやクレッシェンドが連続した時、あたかも野生動物の雄叫びのように聴こえ、鳥肌が立ったことも一度や二度ではない。続。