弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

青春譜〜楽器は宝〜

私が中一でクラリネットを吹き始めて半年、憧れのパートリーダーであるT先輩は卒業していった。卒業を前に、三年生を送る定期演奏会が開かれ、私も先輩と最後の合奏をした。私自身はまことに拙い演奏ではあったが、クラリネットの魅力を存分に教えてくれたT先輩と合奏できることに喜びを感じ、最後だと思うとさみしくてたまらなかった。同時に心から感謝した。T先輩は引退しても時々声をかけてくださり、私たち後輩には励みになった。私はT先輩が使っていた譜面台を引き継いで、ますます練習に気合いが入ったものだ。T先輩は楽器を大切に扱うことを、繰り返し厳しく教えてくれた。演奏家にとって楽器は命の次に大切な物だ。それは中学の吹奏楽部員にとっても同じである。とことん慎重に扱い、日頃から丁寧にメンテナンスをする。今思えば、この事がT先輩から何よりも一番に教わったことであった。先輩は定演後の謝恩会でも、親や学校から授かった楽器を大切にしてくださいと言った。楽器は宝である。

人は太古から音楽に親しんできた。日本人も日本ならではの楽器を発明した。弦楽器、管楽器、打楽器が様々な形で今日まで伝わっている。今日まで伝わっているのも、楽器が宝物として大切にされてきたからだ。大切にされたのは、いにしえの人々にとって楽器は、歌舞音曲を楽しむのみならず、魔除けや呪詛にも使われたからであろう。楽器には霊力が宿ると信じていたに違いない。宮中で邪気を祓う呪いとして、弓の弦を鳴らして行われた鳴弦の儀(めいげんのぎ)や、音の鳴る鏑矢を四方に放つ蟇目の儀(ひきめのぎ)も、その一種か或るいは原型とも云えよう。東大寺正倉院は古代楽器の宝庫である。それらを目にするだけで、天平時代の音や人の声までが聴こえてくるようである。殊に美しい螺鈿細工が施された弦楽器は、妖艶な輝きを放っていて、楽器と工芸品の域を超越した神秘を湛え、見る者の心を捉えるであろう。果たしてどんな音がするのであろうか。私はまだ聴いたことはない。

吹奏楽では西洋で生まれた楽器を用いるが、龍笛、篠笛、尺八などの和楽器と通ずる管楽器は多い。フルートやピッコロ、そしてクラリネットもまた和楽器と近い音色を出せる。私が吹奏楽を始めたきっかけのひとつが、きらきらと光る楽器の美しさに見惚れたからである。木製であるクラリネットとて、手入れしだいでは艶と輝く。コンサートホールではライトに照り映えて、クラリネットは漆黒の輝きを放つのである。あれをいつか手にして奏でてみたいと少年の日の私は願った。中学でその願いが叶った時はうれしくもあり、また震えるほどに緊張もした。 クラリネットを吹くことは、ただ音を出して、譜面を奏でるだけではなくて、あの日あの時の己の声そのものであったと思う。楽器には演奏家の声も宿るのである。等身大の自分の分身ともいえる存在。それが私にとってはクラリネットであった。だからこそ大切にしたい。毎日の手入れは欠かさず、練習後は手垢ひとつ見逃すことなく磨き上げた。私のクラリネットは同じパートの誰よりも輝いていた。クラリネットパートは私の他は皆女子であったが、私ほどクラリネットを愛していた者は当時いなかったと思う。私には楽器は宝であり、物を傷つけずに、丁寧に扱うということを教えてくれたのもまた楽器である。おそらく吹奏楽部員は皆同じような思いでいるはずだ。楽器に対する想い、情熱、畏敬はプロの演奏家とほとんど変わりないだろう。続。