弧月独言

ここは私の深呼吸の場である。日々の雑感や好きな歴史のこと、旅に出れば紀行などを記したい。

青春譜〜ロングトーン〜

基礎と云うものは、人が何事かを成すにおいて、如何なる場合にも重要である。こんな当たり前の事を、この歳になって痛感させられている。茶道の稽古を始めて三年、お薄の点前は何とか出来るようになったが、なかなか水の流れるようにとはいかない。今はしっかりと型を身につけるべく稽古中。いつの間にか始まって、いつの間にか終わる。そんな自然な点前を、さらりと出来る様になるには、到底未熟であり、生涯かかっても、私は到達することはないかもしれない。しかし、世阿弥も花鏡で説いた「離見の見」と云う心持ちで、己が点前を省みることが、今の私には必要だと思っている。師匠にも自分の点前の足の運び、手の位置、道具の持ち方や扱い方など、基となる型を改めて細く教えていただいている。こちらから尋ねたわけではないが、先生がそのつもりで指導されていることは、弟子にはしっかりと伝わっている。

管楽器を演奏する者にとっても基礎が出来ていないと、後々、苦労することになり、結局は回り道になってしまう。繰り返すがこれはどんな事においても同じである。管楽器の基礎とは、個々の楽器の演奏法、肺活量を鍛える体力作り、腹式呼吸の習得、読譜や暗譜など多岐にわたるが、中学生くらいまでならば吸収力は大きく、間違いなく速い。やってる当人はキツイこともあるが、日々の鍛錬は確実に我が物となってゆく。それが自分でも手に取る如く解るようになれば、もうそれは自分の物となっているだろう。が、一にも二にも基礎である。

管楽器の演奏の基礎中の基礎は、やはりロングトーンに尽きる。ロングトーンとはそのままの意で、管楽器を一音のみ一定の音量で長く深く吹くことである。私の行っていた日々の練習では、楽器を組み立てると、まずマウスピースのみで、ロングトーンタンギング(舌で空気の流れを一時的に遮断し出始めの音を明瞭にする吹奏法)をして、リードを湿らせたり、マウスピースとリードの隙間を調整し、マウスピースと本体を接続して、息の入り加減や、まっすぐに音が出ているか確認する。うまく調整できたらロングトーンを開始する。始めは低い音からロングトーンするのが一般的だろう。徐々に高音域へとロングトーンし、自身の出せる最高音域、或いはその楽器の出せる最高音までロングトーンしたら、今度は最低音まで下がりながらロングトーンする。これを二、三度、時間に余裕がある場合は五、六度繰り返す。さらに季節によっては十度ほどロングトーンすることもあるだろう。こうして、少しずつ楽器を温めて、コンディションを上げてゆくのだ。楽器のコンディションが上がると、奏者と意思疎通が出来るようになる。すなわち求める音が出て、理想の演奏ができるわけだ。ロングトーンは眠っている楽器を覚醒し、奏者と一体化するために、極めて重要なのである。

私も現役の頃、まずは何よりロングトーンの重要さを叩き込まれた。どんなに上達しても、コンクール前の全体練習をするのに時間がなくても、当校当部においてはしっかりとロングトーンすることが課せられた。全部員がそれを当たり前の事として日々守っていた。新入生も楽器を初めて吹く時は、先輩から教わる事は まずロングトーンである。それからタンギングや運指を覚えてゆくのだ。ひととおりロングトーンができたら、クラリネットの場合は、ハ音階などで指を慣らしてゆき、正確な運指となれば、その日楽器と自分とが一体化した証である。ロングトーンは長く、開く、温めるの三つの要素を意識する。長くはできるだけ長く音を伸ばす事。開くは喉を開き腹式呼吸には入る事。温めるは楽器を温める事。思えばロングトーンと云う響きや字面からして、如何にも長く太い音が連想される。

天台宗の祖智顗が禅の心得を説き、それを弟子の慧辯が記した「天台小止観」という禅語録がある。たいへん古い本だが、近頃は心身を整えると云う観点からも密かな人気となっている。止観とは坐禅して瞑想することで、天台小止観によれば、坐禅の体勢を作って瞑想に入る時、身体を寛放せよと説く。寛放とはかんぽうと読み、大雑把にわかりやすく言えばリラックスすることだ。私は心身寛ぎ、緊張を解き放つの意だと解釈している。寛放することは東洋医学の呼吸法(例えばヨガなど)にも応用されている。ロングトーンにもこの寛放すると云う表現が一致すると私は思う。喉を開き、ゆっくりと長く深く息を込める。そうすることで楽器は温まり、奏者の心身も余計な緊張が解れて、良き演奏が出来る。ロングトーンはいわば演奏前のストレッチ。ロングトーンをしっかりして、楽器も奏者も寛放せよ。これからの私は茶道においても、緊張と寛放を絶妙に織り交ぜて参りたい。続。